No.9 : 無線はどこまで届くの?

2009年6月1日 up

    無線の専門家が質問された時に一番困る質問は、おそらく「この無線機ではどこまで届くの?」とか「(どこそこの)場所では通信できるの?」といった類の質問でしょう。なぜかと言えば、たとえ周波数も出力も伝送速度も 変調方式もわかっていたとしても、どこまで電波が届くかは周囲の環境に大きく左右されるからです。携帯電話に搭載されているワンセグTVを見ているとわかりますが、電波の弱い場所では、目の高さに携帯電話を持ってじっとしていると見ることができて いるのに、手が疲れて30cm下げただけで受からない、ということが経験できます。右手で持つと通信できるのに左手ではだめ、ということもあります。アナログ方式ならつながるかどうかの微妙なところもありますが、デジタル万能の時代では、まともに つながるか全くつながらないか2者択一という感があります。電波の遮蔽や反射によるフェージングの落ち込みの深さは目で見ても予想ができないので、受かるかどうか聞かれても「この辺なら多分大丈夫でしょう」とか「ここならだめかも知れません」と いった程度のあいまいな答えしかできません。

    では、ギネスブック的に、人類が最も遠いところと無線通信できたのはどのくらいの距離なのでしょうか?ここでは、相手は人でなくても機械で結構です。電波天文みたいな受信オンリーの装置での話は除きます。

    マルコーニによる無線通信の発明が世に広く知られたのは英仏間のドーバー海峡を隔てて通信出来た頃からです。数十kmというオーダーでしょうか。それが真空管が 発明されると大西洋を隔ててとなり、すぐに地球の裏側まで数千kmに広がりました。しばらくの間は地球の裏側というのが限界でしたが、ロケットが発明され、人工衛星の時代になると飛躍的に距離が延びます。月探査機とか火星探査機も地球と交信しながら 動いてTV画像とかを送ってくる訳ですから、それが人類最遠距離の無線通信ですね。

    さて、ギネスブックに載っているかどうかは知りませんが、現時点での上の問いに対する答えは、NASAが1977年に打ち上げた惑星間探査機ボイジャー1号という「機械」 で、太陽系から外に出て未知の世界をまだ飛んでいます。(わずかに先に打ち上げられた双子の探査機ボイジャー2号やパイオニア10/11号も太陽系外に飛んでいるのですが、ボイジャー1号が最も遠距離にあります)もう随分前になってしまいましたが、 木星や土星のすぐ近くを通り、鮮明な写真画像を送ってきて話題になったことを覚えていらっしゃる方も多いと思います。(たぶん2号の方だったと思います)JPL(ジェット推進研究所)のウェブサイトによると、2009年5月現在で、太陽から 164億km離れているとのことです。まだ何とか通信できている状態みたいですが、こんなに遠距離と通信するのに、どのような通信手段を用いているのでしょうか?

    基本的には、無線トリビア(3)で書いたように、通信の限界は1ビットあたりのエネルギーで決まりますから、とにかく伝送速度(ビットレート)を低くすれば良い のです。JPLのウェブサイトに載っているデータでは、地球から探査機向けが2.3GHz帯で16bps、探査機から地球向けが8.4GHzで160bpsとあります。ただし、ここまで低速で長時間安定な無線通信を単純な狭帯域変調方式で行うのは困難ですから、 現在の携帯電話で採用されているようなスペクトル拡散技術を用いて帯域を広げてから送っています。それを受ける地球側のアンテナは直径70mという巨大なものです。 CDMAの基になっているスペクトル拡散技術はちょうど1970年代に軍用通信手段として広く研究されており、当時としては最先端の技術を使った訳です。 私が無線通信の仕事に入ったのが1979年ですが、当時はまだCDMAという言葉はなく、SSMA(Spread Spectrum Multiple Access)と言っていたことを覚えています。

    それにしても30年以上も通信機器が故障しないというのは驚異ですね。いつも真っ先におかしくなる電解コンデンサといった部品は使っていないのでしょうか?