No.3 : デジタル通信の品質は1ビットあたりのエネルギーで決まる

2008年11月1日 up

    信号の品質を評価するのに、S/N(エスエヌ、信号対雑音レベル比)という言葉はご存じの方が多いと思います。SはSignal、NはNoiseです。例えば、音楽CDプレーヤー のカタログに載っているS/Nは90dB以上とかいった値になります。これは、雑音電力が信号電力の1,000,000,000分の1以下しか無い素晴らしい性能であることを意味します。

    無線の場合には、元の信号を変調して高周波の搬送波(Carrier)に乗せているので、アナログ方式の場合にはC/N(シーエヌ、搬送波対雑音レベル比)という言葉を良く 使います。例えば空港でよく使っているようなトランシーバとかタクシー無線とかのアナログ通信(大抵、狭帯域FM変調方式)では、C/Nが10dB程度以下になると途端に雑音だらけになって通信できません。つまり、雑音の10倍の信号電力が必要という ことです。

    デジタル通信の場合には、実際の電子回路ではNを直接測れないことが大半であるため、C/Nとほぼ等価な値なのですが、測定しやすいEb/Noという値を評価値として しばしば用います。Ebは情報1ビットあたりのエネルギーでCを情報伝送速度で割ったもの、Noは帯域幅1Hzあたりの雑音電力で、Nを等価雑音帯域幅で割ったものですが、最近の測定器は、このEbやNoを直接測定して表示します。近年の誤り訂正符号技術や 変復調技術等の進歩のおかげで、高性能の機器では、Eb/Noが0dB程度まで通信できる場合があります。つまり、雑音と同レベルまでOKということです。 ただし、リアルタイム性が要求される場合には、もう少し大きな値でないとダメな場合もありますが、いずれにしても、デジタル通信の場合の回線は、基本的な物理原則としてEb/Noで品質が決まります。

    Noは環境が同じなら一定ですから、これは言い換えると、情報伝送速度を10倍にすれば10倍の送信電力が必要、逆に、情報伝送速度を1/10にすれば1/10の送信電力で 同じ品質(同じビットエラーレート)ということです。同じ送信電力ならば、送信局から離れれば離れるほどEbは小さくなりますから、伝送可能な最大距離は送信出力と伝送速度で決まってしまうのです。最近の通信技術に詳しい人は、MIMO(Multi-Input Muli-Output、複数のアンテナ素子を使って伝搬回線を複数化する技術)とかを使えば同じEb/Noでn倍の伝送レートが実現できる、とおっしゃるかもしれませんが、 それは回線を複数化しているのでそのように見えるだけで、1つ1つの物理回線は上記の物理原則に左右されます。

    世間では、WiMAXにすれば75Mbpsが伝送できるとか、いや、IEEE802.20方式の方がもっと良いとか、別の方式では50km伝送できるとか、方式の性能比較する記事や ニュースを多く見かけます。前提となる条件が互いに違うので、細かいことは何とも言えませんが、大きく考えれば、基本的に上記のように送信出力と情報伝送速度で回線 品質は決まります。通信方式の規格がいろいろあっても、最近の規格は先端技術をすべて盛り込んだ結果ですから、変調方式も誤り訂正も似たり寄ったりです。 同じ送信電力で同じ情報伝送速度なら同じ伝送距離が得られる、と考えればおおむね間違っていません。逆に言えば、情報伝送速度を極端に小さくすれば、わずかな送信出力でも遠くまで届く無線システムができることになります。

    世の中は、全てブロードバンドに向かっていて、情報伝送速度をどんどん大きくすればどんなサービスもできるようになる、必要な情報量の少ないコンテンツはその ブロードバンドの一部を使えば良いだけじゃないか、といった「大きいことは良いことだ」式の考えがありますが、反面、エネルギーの無駄使いを助長する面もあるように思います。モバイル機器だと、電池の持ち具合に直接効いて きます。私は、もっと小さなエネルギーでもっと遠くへ通信したいが情報伝送速度はずっと小さくて良い、といったアプリケーションが山のようにあると思っているのですが、狭帯域通信(低速度通信)への世間の関心は極めて薄いようです。