No.10 : マッチドフィルタ

2009年7月1日 up

    携帯電話に使われて有名になったCDMA(符号分割多元アクセス)方式ですが、
その受信機の心臓部である復調器には、マッチドフィルタというものが使われています。
CDMAでは音声等での情報を一旦変調した後に、
疑似雑音符号という非常に長い周期をもつ特殊な符号で2重に変調するのですが、
2度目の変調を高速で行う結果、周波数帯域(スペクトル)が大きく広がるので、
2度目の変調のことを拡散変調と言います。

    この拡散変調されて電波で送られた信号を復調するのですが、
拡散変調された信号を拡散前の信号に戻す(拡散復調)ためにマッチドフィルタという回路が用いられます。
この回路は、原理を簡単に言うと、拡散変調に使った同じ符号を
受信信号に乗算器で掛け合わせて低周波成分だけ取り出すフィルタです。
数学の話になって申し訳ありませんが、この演算は、受信側で用意した疑似雑音符号を
受信信号の相互相関を計算していることと同じことです。
復調器の回路方式はいろいろあり、一番簡単なものはAMラジオで一般的なダイオード検波ですが、
上で述べたような送信波形と同じ信号を掛け算する
(または、送信波形と同じ信号を受信側で用意してその相関をとる)
マッチドフィルタが理論的に一番良い検波方式なのです。
もちろん、デジタル信号処理技術の飛躍的な発展のおかげで
ICチップの中に組み込めるようになり、携帯電話で実用化されました。

    このような非常に優れた回路であるマッチドフィルタですが、
同じような機能は、人間の頭の中では普段から当たり前に使われています。
他人と会話する時に、大いにマッチドフィルタのお世話になっているのです。
人の会話は、例え母国語で行われていても、せいぜい70%くらいしか正確に聞いていないと言われています。
それなのに、ちゃんとまともな会話が成立するのは、
予め相手がどのようなことをしゃべるかその言葉をある程度事前に想定しており、
その同じ言葉(単語であったり文節であったり)を受信側で用意する信号としてマッチドフィルタを構成します。
そうすれば、そして相関が検出されれば、一瞬にして相手の話している意味を理解できる訳です。
したがって、自分が予測してないようなことを突然相手に話されると、
たとえハッキリ聴いていても全く理解不能となり、「え、何て言った?」と聞き返すことになります。
このような状況は、誰でも良く経験するはずです。
また、「カクテルパーティー効果」と言われている、騒がしい環境の中で特定の知人の声が聞き分けられる、
といったことも、その知人の声に特有の性質や波形の特徴を受信側で用意する信号として
マッチドフィルタを構成しているからに他なりません。

    耳が遠くなったおじいさんやおばあさんでも
「変な話だけど、悪口だけはちゃんと聞こえるのよね」と言われるのも、
このマッチドフィルタを脳が駆使していることを考えれば、別に変な話ではありません。
耳の遠いお年寄りは受信側で用意する信号として、悪口の単語をいっぱい抱えているのでしょう。
意識的に自分への褒め言葉だけを受信側で用意する信号源として準備することができれば、
人生はもっともっと楽しくなるのでしょうが。