No.8 : 超微弱信号用のアンプは高出力アンプ?

2009年4月1日 up

    私が20代で衛星通信の仕事を始めた頃にすぐに気がついたことですが、
衛星通信用の受信初段にあるLNA(Low Noise Amplifier、低雑音増幅器)は
どれもおしなべて消費電力が非常に大きいのです。
衛星通信の受信機が扱う信号レベルは概ね -90dBm以下、
つまり10のマイナス12乗ワット以下のとてつもなく小さなレベルです。
利得は30~50dBとかなり大きいのですが、それでもこんな微小信号のアンプならば、
たとえば12Vの電源で1mAも流せば十分だろうと思っていたのに、
なんと100mA以上が流れます。つまり1ワット以上の消費電力です。
中を見ても電圧ドロップさせて無駄に消費している訳でもなし、
変だなと思っていましたが、間もなく謎が解けました。

    消費電力が大きな理由は、最大出力電力が大きいためです。
数GHzといった非常に高い周波数で100mW位もの出力電力が取り出せる設計になっているのです。
-90dBmの信号を50dB増幅したとしても-40dBm、まだ0.1μWの信号レベルです。
にもかかわらず、100mWもの出力を出すアンプを使うというのは、
いかにも過剰スペックでは?と思われるかも知れませんが、実際にはそのくらいのスペックが必要なのです。

    そんなに大きな出力電力が必要な理由は、自局が出す送信電波の漏れ信号を増幅してしまうためです。
一般にアンテナは送信と受信を兼用するため、直下にダイプレクサと言われる送受分波器を取り付けます。
これは極めて減衰量の大きな高性能バンドパスフィルタなのですが、
いくら高性能といっても帯域外減衰量は高々 -80dB~-90dB程度です。
送信出力が10W(40dBm)ならば、-50dBmの電力が受信側に漏れこみます。
これを50dBのゲインのLNAで増幅すれば出力は0dBm~10dBm、歪なく増幅するためには
その10倍(+10dB)くらいの出力余裕度が必要ですから、10dBm+10dB=20dBm=100mW、
やはり、100mWの出力電力の取れるアンプが必要になるわけです。

    ちなみに、衛星通信用LNAというのは、入力回路側にちょっとでも信号ロスがあると
雑音特性が極端に悪くなるので、帯域フィルタとかは入れません。
(携帯電話とかでは対干渉性を高めるため、必ずバンドパスフィルタをアンテナとLNAとの間に入れますが、
衛星通信では受信できる限界に近いぎりぎりの微小信号を扱うため、そのようなことをする余裕がないためです)
そのために、扱う帯域幅が非常に広く(1GHz以上の帯域幅とかになる場合もある)、
トータルの雑音電力も相当に大きなものになります。(雑音電力は単純に帯域幅に比例して大きくなります)
結局のところ、LNAというのは、送信電波の漏れ信号と雑音を増幅するのが主目的で、
本当に必要な受信信号は出力のなかで全くゴミみたいなものにしか過ぎません。
次段以降で周波数変換され、狭帯域のフィルタを通して受信信号だけを取り出すことになります。

    それにしても、機能のほとんど全てを不要な信号や雑音の増幅に使われているなんて、
かわいそうな境遇の部品ですね。 本来の役目の仕事の効率は、もちろん1%をはるかに下回ります。
話は変わりますが、私が昨年会社を辞めて1人だけの自営業に転換したとき、
しみじみ感じたのが仕事の効率のことです。 上司の説得や会議のための日程調整は全く不要になるため、
仕事の効率は実感で10dB位は簡単に向上します。組織で仕事をする場合の無駄の多さを痛感しました。
(もっとも、個人で大きな仕事はできないというデメリットがあるのはもちろんですが)

衛星通信用アンテナ(パラボラの後ろの箱にLNAが入っている)