No.4 : 携帯電話は日本で始まった

2008年12月1日 up

    今や世界中で携帯電話が普及しています。
びっくりすることに、アフリカ大陸の奥地で電気も電話も引かれていない村の人でさえ
携帯電話を持っている、ということを聞いたことがあります。
もちろん近くに基地局が無いので、エリア外なのですが、
用事がある時には近くの山の上に登って電波の届くところで通話するというのです。
持ち運びのできる発電機はかなり普及していますから、それから充電するのでしょう。
ここまで普及している携帯電話ですが、今の携帯電話システムの原型(自動交換の無線電話システム)は
日本で最初にスタートしたというのはご存知ですか?

    携帯電話のように端末が小型化される前は自動車電話と呼ばれていました。
自動車電話システムは一応、1950年代から米国等であるにはあったのですが、
交換手が相手の名前か電話番号を聞いて、手動でつなぐ形でした。昔の国際電話のようですね。
また、いわゆるセルラー(多数の基地局エリアをセル=細胞状に配置するシステム)ではなく、
大電力の基地局を都市の中心に1か所だけ置くようなシステムでした。
今のようにボタンで電話番号を押せば(ダイヤルを回すという言い方は若い人にはわからないでしょうね)
自動的につながるセルラー型のシステムを世界で初めて実用化したのは
日本のNTT(当時は電信電話公社)で1979年12月のことでした。

    当時の端末はどのくらい大きかったかというと、もちろん車のダッシュボードには入らないので、
運転席と助手席の間に送受話器と制御部分(弁当箱大)を配置し、無線機本体はトランクに入れていました。
それも、普通の乗用車のトランクの数分の1のスペースを占めていたのです。
この年は、ちょうど私が郵政省の研究所に就職した年で、
サービス開始半年ほど前にNTTの研究所で実験機を見せてもらったことがあるのですが、
その実験機では、コロナだったかクラウンだったかの後部トランクの実に1/3が無線機で占められていました。

    1979年にサービスが開始されたのが、いわゆる第1世代と呼ばれるアナログ方式の携帯電話(自動車電話)です。
アナログと言っても、通話チャネルは狭帯域FM方式のアナログ回線でしたが、
ゾーン管理や呼出のための制御信号はデジタル方式でした。
その制御信号の専用チャネルを持っていて、ユーザが今どこにいるかを常時把握することと、
多数の基地局でセルラー方式にすることが現在にも引き継がれている携帯電話の基本形ですが、
それらの機能を全て持つ方式が、1979年にスタートした日本の自動車電話だった訳です。

    端末は自動車搭載型から肩掛け型(ショルダーホンと呼ばれました)、携帯型へと小型化されていきますが、
下の図(総務省報道資料より抜粋)の赤のラインを見ていただければわかるように
加入者数は1994年頃まで10年以上なかなか普及が進まなかったことになります。
理由の一番は、もちろん価格が高かったからですが、一般大衆が使うには使い勝手も悪く、
欲しいデザインや機能もなかったようです
(当時は端末は自由に買えず、NTTのレンタル品しかありませんでした)。
当時のNTTの端末開発担当責任者の方の話を聞いたことがありますが、

「メーカの技術者なんて高くて誰も持っていない。自分でも使わない商品を便利にできる訳がない。」

ということでした。
私にとって、この言葉は大変印象に残っていて、全ての商品開発に当てはまると思っています。
特にソフトウェア開発では、画面インターフェース(GUI)でその差が大きく出てきます。
ソフト開発で一番いい形は、使う人が自分でソフト開発を勉強して自分で作りあげた場合だと思います。
ワイヤレスデザインで販売している広域電波強度シミュレータRFS-3は正にそのようにして誕生したソフトです。
(無理やり自慢話にしてしまいましたね)